年末年始 西インドの旅

12月24日クリスマスイブに当番医を担当し,143人の患者さんを診察。インフルエンザウイルスにまみれながらも,感染せずにすみ,28日にはレセプトを済ませ,29日に成田空港へ。ANAクラウンプラザに前泊。

12月30日(日)朝,インド・ムンバイに出発。これからインドに行くのに,日本のラウンジでカレーを食べた。インドまで10時間のフライト。機内食は牛フィレステーキを選択。(インドでは牛は神聖なもので,インドの国中どこでも牛肉は扱っていないし,食べることもない。)美味しいボルドーワインを飲んで映画を2本観たら眠くなり,気がついたら着陸1時間前だった。ムンバイ空港に到着後,専属の現地ガイドSinghさんが出迎えてくれる。彼が旅の最後まで同行して,国内線の移動も一緒に搭乗。まずは,空港から10分もかからないTHE LALIT MUMBAIに宿泊し,夕食として,ホテルレストランのインディアンビュッフェを食べる。豆のカレーやジャガイモのカレーなど,香辛料で煮込んだスープのようなものが並んでいる。ご飯を中心に,各種のカレーを周囲に置いて,ご飯と混ぜながら食べる。中にはかなり辛いものもあったが,十分に食べられるくらいのものだった。[写真1]

12月31日(月)南ムンバイへ車で40分。インド門と,タージマハルホテルを見学。[写真2]

世界遺産のヴィクトリア・ターミナス駅を外から見る。[写真3]

中に入るには列車の切符が必要。夕方の飛行機でオーランガバードへ1時間余りのフライトにも関わらず,野菜サンドの軽食が配られた。インドはベジタリアンの人が多いので,この野菜サンドはベジタリアン用のもの。ノンベジの人は,ベジタリアン用の食事を食べることができるが,ベジタリアンの人は,決してノンベジの食事は口にしない。そのため,1種類しかない時の機内食では,必然的にベジタリアン用の食事になる。[写真4]

オーランガバードはデカン高原の都市で,世界遺産のアジャンタ石窟寺院群遺跡やエローラ石窟寺院群遺跡へ行くための出発地。ホテルはVIVANTA by TAJ AURANGABAD。今日はガラディナーということで,野外にテーブルが設置してあり,焚き火で暖を取りながらの食事をした。残念ながら,カウントダウンのイベントや音楽もない,静かな食事会だった。テーブルに置いてあった三角帽子をかぶって,スパークワインを4杯飲んだが,ウキウキ感はないまま,静かに年越し。[写真5]

1月1日(火)朝食のカレービュフェを食べ,ホテルの庭を散策していたら,気温は10℃前後で,野外プールなのに欧米の老夫妻がプールで泳いでいた。「冷たくないの?」と聞いたら,ご主人がブルブルと震えながら「Cold!」。[写真6,7]

午前中に100km離れたアジャンタ遺跡へ向かった。いつもは40分で着く距離だが,半分以上が工事中とのことで,2時間半ガタガタ揺られながらの道程。遺跡入り口で乗合バスに乗り換えるが,こんな古いバスが走っているのと驚くようなバスだった。[写真8]

遺跡はワゴーラー川に沿った断崖を掘り,紀元前1世紀から紀元6世紀にわたり造られている。ヒンズー教徒の多いインドにあって,珍しい仏教遺跡だ。最初は僧侶たちの生活の場や修行の場ということで,装飾は少ないが,後半に造られた遺跡は奥に仏陀像を安置し,仏殿として使われていた。しかし,6世紀になると,このアジャンタは放棄されてしまい,ここから60km離れたエローラ遺跡の方の造設が始まることになる。その理由は,古文書もなく,この地も闇に埋もれてしまい,不明のままである。1815年,イギリス人士官のジョン・スミスがこの地で虎狩りをして,この遺跡を偶然見つけた。その時,この遺跡には1.5mの土砂が堆積していて,そこを掘り出し,壮大な遺跡群の発見となった。[写真9,10]

遺跡見学が終わり,遺跡入り口のレストランでカレーの昼食。[写真11]帰りも同じガタガタ道を2時間あまり揺られて帰った。夕食もホテルのビュッフェでカレー。

1月2日(水)朝食もカレーとヨーグルトを食べ,エローラ石窟寺院群遺跡へ。35km離れていたが,こちらの道路は工事もなく,30分で到着できた。入り口でチケットを待っていた時,小学生の一団が全員こちらを見てくる。そして,担任の先生が近づいて「一緒に写真を撮りたいのだが,賛同していただけますか?」と聞いてくる。「O.K.」と言うと,30人くらいの生徒が我先にと駆け寄ってきて,スマホで写真を撮り始めた。自分を入れて日本人と一緒に写りたいようだ。遺跡の中でも,インド人の家族連れに写真を求められた。自分たちが芸能人にでもなったような感じだ。[写真12,13]

エローラ遺跡はアジャンタ遺跡を手本にしており,さらに細かい彫刻で飾られていて,華やかなイメージだ。ここには仏教,ヒンズー教,ジャイナ教の遺跡が造られている。一番の見所は高さ33mもあるヒンズー教の遺跡,カイラサナータ寺院だ。岩山を上からと前からと掘り進め,この寺院を作り上げている。素晴らしい遺跡だ。ノミとツチだけで,こんな石の寺院を掘って造り出すなんて,想像もできない。[写真14]

お昼は空港近くのレストランで,タンドリーチキンとカレー。国内線でムンバイに戻り,最初のホテル,THE LALIT MUMBAIに宿泊。夕方6時に着いたのに,部屋がsmokingの部屋しか空いていないとのことで,とりあえず空いている部屋の匂いが大丈夫かを確認に行ったが,エレベータを降りた途端に,タバコの匂いがフロアーに立ち込めていたので,この階は無理と判断し,non smoking roomが準備できるまで待つことにした。チェックインを待つ間に,ホテルレストランでカレービュッフェの夕食を摂った。食事中に部屋が準備され,待たせたお詫びに「おめでとうございます。高層階にグレードアアップしました」と言ってきたが,予定より2階分だけ上の階になっただけ。

1月3日(木)カレーとヨーグルトの朝食後,南ムンバイへ車を走らせ,インド門の港からエレファンタ島へ船で1時間。途中カモメにピリ辛のおかきを餌としてあげていたら,いい時間つぶしになった。[写真15]

桟橋から遺跡の入り口までミニトレインで移動し,両側が土産物の露店がずらっと並ぶ中,100段の階段で上がると,ヒンズー教のシバ神を祀った石窟が7つあり,石像も残されているが,保存状態はあまり良くない。[写真16]

ムンバイに戻り,MAHESH LUNCH HOMEというシーフードレストランで,カレーを食べた。ここのカレーが一番美味しかった。高級レストランで,ムンバイ空港にも支店があるほど。なかなか予約が取れないレストランという。私たちの隣の席は,地元のネクタイをしたビジネスマン3人だったが,スプーンは使わずに,素手でカレーを食べていた。この光景は,さすがインドだと思ったが,カメラを向けるのは悪いかなと思い,遠慮した。[写真17]

食後は空港のラウンジでシャワーを浴びて,最後のカレーとスパークリングワインをいただいて,帰国の徒についた。

1月4日(金)日本に着くと,成田はとっても寒くなっていた。到着用のラウンジで朝食を摂り,鹿児島へ戻った。

インドへの旅行は,衛生状態や食事などを考え,行くのは敷居が高いイメージがあったが,行ってみたらとても楽しかった。インドにはベジタリアンが多く,ガイドのSinghさんもベジタリアンだということで,食事は私達とは違うメニュを食べていた。また,何も持たないことを信条とするジャイナ教の僧侶は裸で暮らし,布団もない。食事も自分で作らず,信徒に頂いたものだけを食べ,食器も持たない。たまに町に裸で歩いているのを見ることがあると教えてくれた。ここは宗教のるつぼだということも,実際にインドに行って感じたことだ。機会があれば,今度は北インドへ行ってみたい。ガイドのSinghさんもデリーに住んでいて,この旅のガイドのために国内線で駆けつけてきており,「今度は私の地元のデリーからタージマハルやジャイプールなど見てほしい。きれいな所だから」と勧められた。

1泊2日の北海道

11月2日(金)と11月3日(土)(文化の日)が連休になって,翌日11月4日(日)は当番医に当たっていたので,強行日程でしたが,1泊2日で北海道紋別を訪れました。紋別は東京からANA便が1日1便だけ飛んでいます。紋別は人口22,000人余りの小さな町です。鹿児島でいうと,枕崎に近い感じです。人口規模も,海に面して漁業が盛んなところも似ています。冬には流氷が押し寄せてきて,観光の目玉になりますが,この季節は紅葉が終わり,そろそろ雪の季節を迎えます。ここ紋別には,紋別広域病院があり,小児科は3人体制になっているとのことでした。思っていたよりも大きな病院でびっくりしました。

紋別空港は1日1便だけしか飛行機は飛んで来ません。それが分かってからは,天気図とにらめっこしながら,もし天気が悪ければ,キャンセルするしかないと腹をくくり,出発しました。日頃の行いが良かったのか,快晴のフライトを楽しむことができました。

旅行翌日の当番医は150人くらいの患者数でしたが,旅でたくさんのエネルギーをもらえたので,頑張ることができました。

 

1. 大雪山はすっかり雪景色 2. 知床半島を遠くに望む 3. 紋別広域病院 4. カニの爪のオブジェ

5. 流氷観光の目玉ガリンコ号 6. 流氷科学館でのクリオネ 7. アザラシ保護センターでアザラシを触った

8. ホテルの夕食はカニをメインに北海道の酒「男山」を飲んで,4000円余り。朝食はホタテの刺身が食べ放題で,美味しかった。

9. 空港職員が総出でご挨拶。1便だけの空港の職員はどんな生活なのだろうか。

3日間のホーチミンシティ

3日間のお休みがあったので,ベトナムのホーチミンシティへ一人旅をしてきました。

#1-2:街の中にある第2小児病院の外来で,朝9時の風景です。建物の中に入りきれない人達が,病院の外に大勢あふれています。子どもの数が多い!

#3:お昼になっても,まだこの混雑。

#4:フランスの統治下で建てられた,中央郵便局

#5:中に入ると,ガラス張りのアーチ状の天井と,正面にホーチミンの肖像画が飾られている。

#6:聖マリア教会

#7:統一会堂

#8:人民委員会庁舎

#9-10:フランスの街角を思わせる建物と,発展を遂げる現代的なビルが共存している。

#11:牛肉と青梗菜と揚げ餅の炒め物が美味しかった。

#12:自分で適当に作ったフォー。

広島へ職員研修旅行

新幹線で2時間余りで到着し,11:30に広島のお好み焼き店『みっちゃん』に到着。1時間並んでようやく食べられた。たっぷりのもやしとそばが入って,見た目よりはあっさりと食べることができる。1日目は世界遺産,安芸の宮島へ。回廊で結ばれた嚴島神社はとてもきれいで,美しさに感動しますが,私は千畳閣の別名がある豊国神社が気に入りました。畳857枚分の広さがあり,豊臣秀吉が建立を命じた読経所で,建設途中で秀吉が急死し,未完成のままです。天井が張られていなくて,太い梁が丸見えで,板壁もありませんが,その時代を感じさせる広い板張りが気持ちよかったです。ホテルは広島駅のグランビアに宿泊。ハロウィンの仮装写真が職員に好評でした。翌日は,駅から歩いて縮景園を散歩しました。この庭園も原爆の中心地のため,壊滅的被害を受け,たくさんの遺体を埋葬した場所になったそうです。戦後,少しずつ元の庭園に戻す努力を続け,今では趣のある庭園になっています。敷地内の県立美術館を見学し,原爆ドームまで歩いて行きました。平和のありがたさに感謝です。

夏休みにメキシコへ

#1 出発当日に,台風が東京を直撃するとの予報で,前日昼に急遽,東京へ移動することになった。病院の休みを半日増やし,成田空港のクラウンプラザホテルに宿泊。紅ズワイガニを含む夏の北海道グルメビュッフェを食べたが,IHG会員に登録していたため,3,500円のところを2,500円で食べられた。IHG会員は入会費も年会費も無料な割に,メリットの多い会員だ。

#2 成田空港のラウンジでメキシコシティ行きの便を待つ。

#3 13時間近いフライトで,ANA便では最長の航路になっている。標高2,000mを超えるメキシコシティに到着。独立記念塔の横のホテルにチェックイン。今回の旅は,私たち2人だけで,現地係員がサポートする形なので,ほとんど個人旅行に近い。

#4 早速,タコスを食べて,メキシコを実感。

#5 グアタルーペ寺院で奇跡のマントを見る。500年前のマントに黒髪の褐色の肌のマリア像がくっきりと現れたという奇跡で,カトリック世界3大奇跡のひとつ。あと2つは,フランスのルルドの奇跡の水で,私たちはルルドでロウソク行列に参加し,奇跡の水を飲んだ。もうひとつはポルトガルのファティマとのことだが,まだ行ったことがない。

#6 テオティワカン遺跡のケツァルパパロトル宮殿跡。眼に黒曜石を埋め込んでいる。

#7 月のピラミッド

#8 月のピラミッドから太陽のピラミッドを望む。その距離は1kmもある。

#9 反対に太陽のピラミッドから月のピラミッドを望む。

#10 サボテンの実は現地でよく食べられている。

メキシコ後半

メトロを使って私立のエスパニョール病院へ。日本人医師や日本語が通じる病院で,現地の日本人がよく利用する病院。メキシコ人は国立病院の医療費が無料になっているが,いつ診てもらえるのかわからないくらいに混んでいる。国内線を利用し,メリダという都市へ移動。ウシュマル遺跡を見物。あちこちでイグアナがいる。時々踏みつけそうになるほどで,びっくりする。ここメリダには,野口英世が3か月滞在したことがあり,医療指導をしてくれたということで,銅像があり,彼の名前を冠した研究所もユカタン医科大学構内にあった。メリダからカンクンへの途中に,チチェン・イッツア遺跡を見学。その近くにあるセノーテで泳ぎ,5mの高さからの飛び込みも経験した。

カンクンはメキシコが誇るリゾート。宿泊はグランド フィエスタ アメリカーナ コーラル ビーチ カンクンという全室ジュニアスイートタイプになっていて,朝食には,シャンパンもいただける。プールで泳いだり,スーパーでお土産を買ったりして,のんびり過ごす。夏休みも終わり,カンクンからヒューストンへユナイテッドで朝6時発の便。朝食にオムレツを食べた。ヒューストンはユナイテッドの居城。空港はユナイテッドだらけ。ヒューストンから成田へのANA便は14時間かかるけど,離陸してしばらくたつと,エンタテイメントの故障で,映画も音楽も楽しめなくなった。成田まで半日間は,ひたすら本を読んだり,寝たり,食事をしたりの繰り返し。マイル贈呈でお詫びするとのこと。「ときめきプリンセス婚活記」の韓国映画を半分観たところで,故障したため,その後を観たかった!今年冬に日本でも公開されるようだ。

7月ダイビング(坊津)

2か月ぶりに潜ったが、水温は22℃と低い所があり、透明度も10mを切るくらいで、海の状況はあまり良くなかったが、マクロを見るのには問題ない。ウミウシがコイボウミイシ、アオウミウシ、ルージュウミウシ、ヒロウミウシと写真をとるのに忙しい。そんな中、上を見上げると、カンパチの群れが通り過ぎる。またマクロに戻り、トウシマコケギンポ、ムチカラマツエビなどを見た。一緒に潜った関西からの4人のツアー客をタイガース模様のトラフケボリダカラガイで喜んでもらい、楽しい夏のダイビングだった。

5月ダイビング(坊津)

梅雨入り前日の曇りの日に坊津で潜った。

(1)ジョーフィッシュがお出迎え (2)オキナワベニハゼ (3)トラウツボをクリーニングするオトヒメエビ (4)チンアナゴ (5)アカホシカクレエビの体内がよく見える (6)ネコザメを探しに行った穴の中にカメが (7)クビアカハゼとコシジロテッポウエビ (8)イソコンペイトウガニ

ゴールデンウィークはシンガポールへ

シンガポールへの一人旅。ANAのマイレージが貯まったので、シンガポールまでビジネスクラスでチケットを取ったが、さすがに直行便は満席で、往路は広州経由、復路は香港経由というルートを選択。

#1:成田空港のラウンジでシェフによる握り寿司のサービスがあり、4皿も食べた。その後カレーまで食べて、機内食は大丈夫かな?

#2:広州まではANAのため、機内食は美味しく、日本酒といただいて良い気分だったが、広州空港で荷物がスルーできていないため、一旦中国に入国して、荷物を再度預け直す。出国や入国の列に並ぶのに時間を費やし、広州空港のラウンジではビールを1杯だけ飲んで、ゲートへ走った。

#3:シンガポールに無事到着し、空港からホテルまで地下鉄を3回乗り換える。ホテルはテレビのCMなどでよく見るマリーナベイサンズ!

#4:部屋は広くて、一人ではもったいないくらい。

#5:早速、有名な天空のプールへ。人が多過ぎて、ゆっくり楽しむには程遠い。

#6:20年ぶりのシンガポールだったので、マーライオンに会いに行く。

#7:ホテルでアフタヌーンティーをいただく。紅茶が美味しい。

#8:イブニングドリンクタイムのシャンパンとおつまみ。

#9:夜明け前AM6:00に、プールで泳ぐ。

#10:ホテル横の植物園ガーデン・バイ・ザ・ベイを訪問

#11:フラワー館の中

#12:シンガポール総合病院を見学

#13:広大な敷地の中に病院の歴史を学べる博物館があり、昔の医療器具など展示されていた。

#14:天空のプールは、ゲストの食事時間をねらうと少し混雑を避けられる。

#15:ホテルラウンジは美味しいおつまみが食べ放題で、ワインやシャンパン、 ビールなども飲み放題。

#16:シンガポールに来たなら、是非シンガポール・スリングを。

#17:酒に酔って、夜景にも酔って、いい気分だ。

#18:日本への帰路は、香港からエチオピア航空で成田へ。

#19:CAさんは民族衣装でサービスしてくれる。(画像はエチオピア航空のホームページより拝借)

#20:エチオピア航空の機内食は美味しかった。

4月2回目の坊津ダイビング

2週連続でダイビングに行けた。この日は風が強く、外洋には出られなかったけど、マクロ三昧の1日となった。大きなイシナマコの表面にウミウシカクレエビが動き回っていた。よく見ると、ジャンボサイズのもう1匹がいてびっくり!さすがにこのサイズだと写真に撮りやすい。

ニシキウミウシは、最初置き物かと思うほど、逆立ちしたまま動かなかった。でも模様はウミウシだし。

アオウミウシも2個体確認。

アカホシカクレエビには卵が。

4月坊津ダイビング

半年ぶりのダイビング。

#1:クリーナーシュリンプのウロカリデラ・アントンブルーニイ、#2:アカホシカクレエビ、#3:クロホシイシモチがいい具合に群れている。#4オトメハゼのペア、#5:カサゴ、#6:毒性の強いタガヤサンミナシガイ、#7:ジョーフィッシュ

ドライスーツは快適だけど、ウェイトが重くなるので、筋肉痛が...